第11章 · 名声と遺産

手紙と原子爆弾

これは歴史上もっとも重い皮肉の一つだ。核エネルギーを説明した方程式をもつ穏やかな平和主義者が、原子爆弾の競争を後押しした手紙に名を連ねたのである。アインシュタインはその兵器を造らず、望みもしなかった——そして最後の十年を、自分が動かす一助となったものを元に戻そうとして費やした。

1939年8月:大統領への警告

1939年の夏、物理学者レオ・シラードは、新たに発見された核分裂が原理的には恐るべき威力の爆弾に変えうることを理解し——ナチス・ドイツがすでにそれを探っているのではと恐れた。シラードには、大統領が無視できない声の持ち主が必要だった。彼は旧友アインシュタインを頼った。

1939年8月2日付の手紙——大部分をシラードが起草し、アインシュタインが署名した——が、フランクリン・D・ルーズベルト大統領に送られた。手紙は「新型のきわめて強力な爆弾」が可能かもしれないと警告し、合衆国にウランの確保と研究の加速を促した。それは、アメリカ政府による最初のウラン研究のおそらく決定的な刺激となり、その研究がのちにマンハッタン計画へと発展した。

複製画像と翻刻

手紙の全文

フランクリン・D・ルーズベルト図書館所蔵の原本2ページと、英文の完全な翻刻を並べています。印の付いた箇所を選ぶと注釈が開き、複製画像の該当箇所が強調されます。

複製画像, 1ページ
複製画像 · 1ページ画像: Leó Szilárd & Albert Einstein; scan: Franklin D. Roosevelt Presidential Library & Museum. パブリックドメイン, ウィキメディア・コモンズ経由 (出典)
複製画像, 2ページ
複製画像 · 2ページ画像: Leó Szilárd & Albert Einstein; scan: Franklin D. Roosevelt Presidential Library & Museum. パブリックドメイン, ウィキメディア・コモンズ経由 (出典)

英語の原文日本語訳(albert-einstein.info による独自訳)

Albert Einstein
Old Grove Rd.
Nassau Point
Peconic, Long Island

F.D. Roosevelt,
President of the United States,
White House
Washington, D.C.

Sir:

大統領閣下

Some recent work by , which has been communicated to me in manuscript, leads me to expect that the element uranium may be turned into a new and important source of energy in the immediate future. Certain aspects of the situation which has arisen seem to call for watchfulness and, if necessary, quick action on the part of the Administration. I believe therefore that it is my duty to bring to your attention the following facts and recommendations:

E・フェルミとL・シラードによる最近の研究が原稿の形で私に伝えられ、それによって私は、ウランという元素が近い将来、新たな重要なエネルギー源になりうると予想するに至りました。生じつつある状況のいくつかの側面は、警戒を要し、必要とあれば政府による迅速な行動を求めるものと思われます。それゆえ、以下の事実と提言をお伝えすることが私の義務であると考えます。

In the course of the last four months it has been made probable - through the work of as well as Fermi and Szilard in America - that it may become possible to set up a nuclear chain reaction in a large mass of uranium,by which vast amounts of power and large quantities of new radium-like elements would be generated. Now it appears almost certain that this could be achieved in the immediate future.

この四か月の間に――フランスのジョリオ、ならびにアメリカのフェルミとシラードの研究によって――大量のウランの中で核連鎖反応を起こすことが可能になるかもしれないという見通しが確からしくなりました。それによって莫大なエネルギーと、ラジウムに似た新しい元素が大量に生み出されるでしょう。今や、これが近い将来に達成されうることはほぼ確実と思われます。

This new phenomenon would also lead to the construction of bombs, and it is conceivable - though much less certain - that may thus be constructed. A single bomb of this type, carried by boat and exploded in a port, might very well destroy the whole port together with some of the surrounding territory. However, such bombs might very well prove to be .

この新しい現象は爆弾の製造にもつながるでしょう。そして――はるかに不確かではあるものの――それによって新型のきわめて強力な爆弾が製造されうることも考えられます。この種の爆弾一発を船で運び、港で爆発させれば、港全体とその周辺地域の一部を破壊してしまう可能性は十分にあります。もっとも、そのような爆弾は重すぎて空輸できないと判明する可能性も十分にあります。

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The United States has only very poor ores of uranium in moderate quantities. There is some good ore in Canada and the former Czechoslovakia, while the most important source of uranium is .

合衆国には、ごく品位の低いウラン鉱石が中程度の量しかありません。カナダと旧チェコスロバキアには良質の鉱石がいくらかありますが、最も重要なウランの供給源はベルギー領コンゴです。

In view of this situation you may think it desirable to have some permanent contact maintained between the Administration and the group of physicists working on chain reactions in America. One possible way of achieving this might be for you to entrust with this task and who could perhaps serve in an inofficial capacity. His task might comprise the following:

こうした状況を踏まえ、政府と、アメリカで連鎖反応の研究に取り組む物理学者のグループとの間に、恒常的な連絡を保つことが望ましいとお考えになるかもしれません。その一つの方法として、閣下が信頼を置き、非公式な立場で務めることのできる人物にこの任務を託されることが考えられます。その任務には次のようなものが含まれるでしょう。

a) to approach Government Departments, keep them informed of the further development, and put forward recommendations for Government action, giving particular attention to the problem of securing a supply of uranium ore for the United States;

a)政府の各省庁に働きかけ、今後の進展を伝え、政府の行動について提言を行うこと。特に、合衆国のためのウラン鉱石の供給確保という問題に注意を払うこと。

b) to speed up the experimental work,which is at present being carried on within the limits of the budgets of University laboratories, by providing funds, if such funds be required, through his contacts with private persons who are willing to make contributions for this cause, and perhaps also by obtaining the co-operation of industrial laboratories which have the necessary equipment.

b)現在は大学の研究室の予算の範囲内で行われている実験研究を加速すること。そのために、必要であれば、この目的に進んで寄付をする民間人との人脈を通じて資金を提供し、さらに必要な設備を持つ企業の研究所の協力を取りつけること。

I understand that Germany has actually . That she should have taken such early action might perhaps be understood on the ground that the son of the German Under-Secretary of State, , is attached to the where some of the American work on uranium is now being repeated.

聞くところによれば、ドイツは接収したチェコスロバキアの鉱山からのウランの販売を実際に停止しました。ドイツがこれほど早く手を打ったのは、おそらく、ドイツの国務次官フォン・ヴァイツゼッカーの息子がベルリンのカイザー・ヴィルヘルム研究所に所属しており、そこでアメリカのウラン研究の一部が現在追試されているためだと理解できるかもしれません。

Yours very truly,
[署名:A. Einstein]
(Albert Einstein)

敬具

スキャン画像からの翻刻です。行末で分割された語はつなげ、原文の綴りはそのままにしています(例:「E.Fermi」「inofficial」「co-operation」)。

彼は、自ら始めた計画から締め出された

ここに、多くの人を驚かせる逆転がある。アインシュタインはマンハッタン計画に一度も関わっていない。1940年、アメリカ陸軍とヴァネヴァー・ブッシュは、この著名な平和主義者を安全保障上のリスクとみなし、必要な機密取扱資格を与えなかった。手紙で爆弾を後押しした当の人物は、それについて意図的に蚊帳の外に置かれたのである。

広島と、アインシュタインの悔い

1945年8月、広島と長崎に爆弾が落とされたとき、アインシュタインは打ちのめされた。ドイツが核開発競争に勝つかもしれないと信じて手紙に署名したのだが、実際にはドイツは近づくことすらなく、兵器は代わりに日本に対して使われた。彼はやがて、自らの署名を重大な誤りとみなすようになった。1954年、彼はライナス・ポーリングにこう語っている。「私は人生で一つ大きな過ちを犯した。原子爆弾の製造を勧めるルーズベルト大統領あての手紙に署名したことだ。だが、いくらかの正当化の余地はあった。ドイツ人がそれを造るかもしれないという危険である。」(訳文。1954年11月16日付のポーリングのメモによる。)

ドイツが原子爆弾を造り得ないと知っていたなら、私は指一本動かさなかっただろう。アルベルト・アインシュタイン『ニューズウィーク』1947年3月10日号の報道による(訳文)

晩年、彼は核兵器に反対する主導的な声となった。1955年に亡くなる数日前、彼はラッセル=アインシュタイン宣言に署名した。哲学者バートランド・ラッセルが起草し、アインシュタインらが署名した、核時代において人類が戦争を放棄するよう訴える熱烈な呼びかけである。それはある意味で世界への彼の最後の言葉であり、平和のための科学者のパグウォッシュ運動を生み出した。

あなたがたの人間性を忘れず、ほかのことは忘れなさい。ラッセル=アインシュタイン宣言1955年7月9日
出典:
  1. ウィキペディア:ラッセル=アインシュタイン宣言。
  2. Otto Nathan & Heinz Norden(編)、Einstein on Peace(1960)。
  3. 1947年と1954年の発言・引用:Wikiquote: Albert Einstein(『ニューズウィーク』1947年3月10日号、ライナス・ポーリングの1954年11月16日付メモ。いずれも伝聞記録)。