学習の旅 · 第3段階

光は何でできているのか

1900年ごろ、答えは決まっていると思われていました。光は波である、と。ところが1905年、ベルンの特許局に勤める26歳の職員が、光はひとつひとつの塊でやって来ると言い出します。3つのステーションで、まず自分の答えを決め、それから実験で確かめます。

ステーション 1/3

光電効果

光は金属から電子をたたき出すことができます。ところがそこでは、「光は波」という考えに合わないことが起きていました。1905年3月、アインシュタインは説明を提案します。光は、ばらばらのエネルギーの塊――光量子――でできている。今ではそれを光子と呼びます。

ステーションには JavaScript が必要です。実験そのものは「量子物理学」「E = mc²」「奇跡の年」の章にもあります。

インタラクティブ · 光電効果

光が金属に当たる

2.07 eV
光量子一つのエネルギー · 電子を一つ取り出すのに必要:2.30 eV
0
毎秒の電子の数(モデル)
0.00 eV
いちばん速い電子の運動エネルギー

電子は出ない:光量子一つのエネルギーは 2.07 eV だけで、2.3 eV 必要。明るくしても変わらない。

ナトリウムに似た金属のモデル:仕事関数 2.3 eV、しきい値は 5.6 × 10¹⁴ Hz(緑の光、約 540 nm)。光量子と電子は、数をうんと減らし、ゆっくり動かして描いている。モデルではしきい値を超えた光量子がすべて電子を一つたたき出すが、実際にそうなるのはごく一部だけ。

ステーション 2/3

E = mc²

1905年9月、アインシュタインは3ページの補遺を送りました。物体がエネルギーを放出すると、軽くなる。質量とエネルギーは、同じものの二つの顔なのです。これが物理学でいちばん有名な式になりました。

ステーションには JavaScript が必要です。実験そのものは「量子物理学」「E = mc²」「奇跡の年」の章にもあります。

インタラクティブ · E = mc²

エネルギー計算機

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比較:アメリカの家庭は年に約 10,800 kWh の電力を使う。広島の原爆が放ったエネルギーは約 6.3 × 10¹³ ジュール。質量がまるごとエネルギーに変わることはまずない――太陽の核融合で変わるのは約 0.7 パーセント。

ステーション 3/3

1905年・奇跡の年

光量子も E = mc² も、同じ年に生まれました。1905年、アインシュタインは26歳。ベルンの特許局で審査官として働きながら、5本の論文を書きあげます。その中には博士論文も含まれていました。今ではこの年を、彼の奇跡の年と呼びます。

ステーションには JavaScript が必要です。実験そのものは「量子物理学」「E = mc²」「奇跡の年」の章にもあります。

インタラクティブ · カレンダー

1905年を一日ずつ

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  • 日付 / 完成
  • チューリッヒ大学へ提出
  • 『物理学年報』受理
  • 掲載
  • 3月14日:アインシュタイン26歳の誕生日

1 光量子

„Über einen die Erzeugung und Verwandlung des Lichtes betreffenden heuristischen Gesichtspunkt“

訳題:光の発生と変換に関する一つの発見法的観点について

Annalen der Physik 17, S. 132–148

  • 日付 / 完成: 1905年3月17日 このときアインシュタインは26歳と3日。
  • 『物理学年報』受理: 1905年3月18日 このときアインシュタインは26歳と4日。
  • 掲載: 1905年6月9日 このときアインシュタインは26歳と87日。

何を変えたか:光はエネルギーの塊(光量子)でできている——これが光電効果を説明し、量子論の礎となり、彼にノーベル賞をもたらした。

資料による違い:ドイツ語版ウィキペディアは3月17日とする。これは原稿末尾の日付(„Bern, den 17. März 1905“)で、誌面によれば受理は3月18日。

詳しく:量子と大論争

出典:Annalen der Physik 17 (1905), S. 132–148 (Faksimile) · en.wikipedia: Annus mirabilis papers · de.wikipedia: Annus mirabilis · de.wikipedia: Albert Einstein